部下のキャリア自律を促進するために行う1on1ミーティング。しかし、内容や進め方について悩んでいる管理職の方々も多いのではないでしょうか。そこで、部下のキャリア自律に関して、上司が担う役割と実践的な1on1のアプローチについてご案内します。
*本レポートは2023年6月15日に実施したウェビナーの内容をまとめたものです。
<登壇者情報>
株式会社ビジネスコンサルタント
イノベーションプロデューサーコンサルタント 土橋 るみ
目次
1.キャリア自律のカギとは
キャリアは人生そのものと言われる現代。キャリア自律を促進するためのカギとは一体どのようなものなのでしょうか。まずは前提として、キャリア自律に対する考え方を学んでいきましょう。その上で促進方法についてもご紹介していきます。
キャリア観の変遷と自律の重要性
キャリア自律のカギについて考えるためには、まず、キャリア観の変遷について理解することが重要です(図1)。
従来のキャリアは、組織ありきで考えることが主流でした。キャリアとは仕事そのものであり、定年までの限定的な期間を考えることが中心でした。
しかし、近年では「人生100年時代」と言われ、定年後も長い人生が続くことから、キャリアは人生そのものとみなされています。そして、地位や報酬など外的な評価による成功だけではなく、内的な幸福感、いわゆる心理的な成功(Well-being)も求められてきています。心理的な成功を得るためには、これまでに自分が得てきた資本を基に未来の展望を考え、自己の行動を選択することが大切です。
三位一体でキャリア自律を促進する
キャリア自律とは自分の人生のオーナーである自分自身が、キャリアに関心を持ち、前を向いて進もうとする努力のプロセスです。実現するには、組織、上司、個人の三位一体で考える必要があります(図2)。
特に近年では、組織は人事制度や処遇の整備、自己申告制度やキャリアパスの明示化などを行う組織が増えています。個人はそれぞれのキャリアを自分で考える時間が確保でき、能力開発や自己啓発に向けて、計画を立てる機会が与えられるようになりました。
さらに、重要になるのが上司です。なぜなら、多様性や人材流動性が高まる中で、組織が目指している姿をきちんと部下に語り、部下の考えているキャリアと仕事を結びつけていく役割だからです。
では、キャリア自律を促進するために重要な上司の役割とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。
2.キャリア自律へ向けた上司の役割
ここでは、上司が担う役割と、それを果たすためのアプローチとして、キャリア1on1ミーティングをご紹介します。
キャリア自律に向けて上司が担う五つの役割
キャリア自律を促進するために、上司の役割はさらに重要になります。
①ガイド
会社の方向性や制度、他部署からの情報提供やキャリア自律を促す目的を部下としっかり共有する。特に上司には、情報のアップデートや自身の持つキャリア概念を入れ替える“衣替え”が求められる。
②言語化
曖昧でとらえどころのない場合もあるキャリアイメージを、部下が言葉にしていく支援を行う。特に部下が得てきた経験や強み、価値観などの棚卸しの支援が求められる。
③結び付け
部下の成長に必要な経験を共に考える。部下に対し、仕事と役割の機会創出や人的ネットワークの情報を提供する。
④メンタリング
上司の経験や知見を日常の中で共有し、部下の悩みや葛藤の解決に向けて支援する。
⑤決裁者へのアクセス
部下が希望するキャリアや、担ってほしい役割などの情報を、職場責任者や人事部門など決裁者へ伝える。キャリア実現のサポート体制を整える。
面談と1on1、キャリア1on1ミーティングの違いは?
上司が五つの役割を果たすためには、部下と対面で話すことが重要です。そこでまず、人事評価を前提とした面談と1on1ミーティング、そしてキャリア1on1ミーティングの違いについて整理します(図3)。
目標設定や業務評価、人事評価などを行う面談の時間軸は、短期です。半期などの目標管理のサイクルに合わせて行われるためです。上司主導で行われる場合が多く、時期によりテーマを変えて取り組みます。
近年、多くの企業で取り組み始めている1on1ミーティングは、上司、部下、双方の経験を共有し学習することを目的としており、テーマは仕事以外の人間関係、趣味などにも及ぶこともあります。
キャリア1on1ミーティングでは、部下のキャリアについて上司と部下が共通認識を持ち、短中期で双方が取り組むべきことを明らかにします。
3.キャリア1on1の内容と進め方
キャリア1on1ミーティングは、キャリア自律に対する有効なアプローチです。キャリア1on1ミーティングを実施する際に効果的な進め方を解説します。
まずはキャリアを考える上での前提を「受容」する
キャリア1on1ミーティングの主体は部下です。目的は、上司が部下の問題を解決することではなく、主体的な姿勢と思考の整理、問題解決に向けた行動を部下に促すことです。そのためには部下の話を聴く、受容するという姿勢が重要です。
また、部下の個性や好みによってキャリアの捉え方が異なることを受容することも大切です。自分自身のキャリアについては、未来の目的地があり進む人もいれば、現在地から目的地を探しながら進む人もいます(図4)。
未来の目的地から考えるビジョン創造型のタイプに対しては「部下がやりたいことを話せるように聴く」ことを意識しましょう。それが上司の希望や期待と異なっていたり、上司の決裁権限外や裁量範囲以外のことであったりしても聴く姿勢が求められます。
目的地を探しながら進む価値観充足型は、自分らしさを重視します。そのため、部下自身が何に充実感を得て、喜びを感じるのかを聴くことが大切です。
いずれにしても上司の価値観や仮説を押し付けずに、まずは部下を肯定する姿勢が求められます。
三段階で進めるキャリア1on1ミーティング
キャリア1on1ミーティングの進め方には、準備、ミーティング、フォローの三つの段階があります。準備では、上司と部下双方の情報を共有し、1on1の日程や場所の確認を行います。ミーティングでは、五つのステップを踏むことで、互いの経験や思い、キャリアの方向性について深く理解を深めます。そして、フォローでは、新たな仕事の経験を付与する、能力開発の機会を提供するなど、具体的な行動に移します(図5)。
準備、ミーティング、フォローについて、それぞれ詳しく解説します。
準備|上司・部下双方が準備すること
上司、部下共に、準備がとても大切です。上司はキャリア1on1ミーティングの目的をきちんと伝えられるよう準備しましょう。準備する内容は、1on1の日程や場所の確認、諸制度に関する情報や他部署の情報などです。上司は部下に対して日頃思っていることなども準備します。そして、上司自身のキャリアの整理や経験の棚卸しをしておくことをお勧めします。
部下は、これまでのキャリアの転換期、価値観、今後の方向性や興味関心などを事前にまとめておきます。十分に準備をしておくことで、向かうべきキャリアのイメージが明確になるなど、充実したミーティングを行うことができるでしょう。
ミーティング|ミーティングの5ステップ
① アイスブレーク(導入)
簡単なあいさつや体調確認、ミーティング実施の目的やゴールイメージを共有する。
② 過去・現在の経験、思いの共有
部下の過去から現在までのキャリアの棚卸しを支援する。これまで充実感を得られたことや苦労したことなど、部下から話を聴いていく。部下が話しにくい場合は、上司が自分自身のキャリアや認識、考え、過去の経験などを具体的に話すことから始める。
③ 将来イメージの言語化
部下が話す将来イメージを傾聴する。価値観充足型の部下は具体的で明確なイメージを伝えられない場合があるので、上司が部下のイメージの言語化や言い換えをサポートする。ビジョン創造型の部下にはありたい姿を傾聴する。他部署などへ異動を希望した場合は、いったん聞き入れ、現状の業務の中で部下のキャリアの将来イメージに合うものはないかを考える。
④キャリアプランの助言(経験のデザイン)
短期的、中期的な活躍や貢献に対する期待を伝える。どのように新たな経験を積むのかを共に模索する。社内での能力開発や社外の人的ネットワークを広げるためのアドバイスをする。
⑤今後の約束
プランを実行する第1歩を確認する。「お互い何から始めるのか」の合意が取れたらキャリアミーティングとしては成功。次回実施の予定がある場合は、宿題の確認やフォローの約束を行って終了となる。
フォロー|職場での実行
職場での実行段階となるフォローでは、新たな役割や難易度の高い仕事の付与、仕事の範囲を広げるなどして経験値を上げていきます。能力開発の機会提供や自己申告制度がある場合は、キャリアプランの提出なども行います。
キャリアプランの助言で活用できる型破りモデル
型破りモデルは、職務経験とキャリア開発、リーダーシップとの関係性を研究するアメリカのマーク・キジロス博士が提唱している考え方です(図6)。
仕事の状態を熟達へと導くためには、高度なスキルを身に付ける、本人が持っている長所に磨きを掛けるなど、これまで以上に難易度の高い課題への取り組みが必要です。また、遂行から拡大へ向かうためには、新しい専門性を身に付け、これまでとは異なる仕事、状況、新しい人的ネットワークを広げる課題に取り組みます。
強度も拡張も高い経験へ向かう「型破り」もあります。例えば、型破りな経験として、グループ会社に出向しこれまで携わったことがない業務を担当する、海外赴任でこれまで行ったこともない場所へ移り住んで仕事をする、新しいプロジェクトへ参加する、などが挙げられます。
部下のキャリア形成を支援するために、どの方向に導くのか、どのような経験が必要だと考えられるのか、このモデルを基にキャリア1on1ミーティングで話し合うことが重要です。
キャリア1on1ミーティングで注意したい言動
まず、上司自身がキャリアを話し合うことについてネガティブであることは避けたい態度です。「キャリアなんて考えても業績は上がらないよ」などという言葉は口に出さないようにしましょう。
上司と部下との価値観の違いや世代間でのギャップはあるかもしれませんが、分からないと諦めてはいけません。部下の立場や置かれている現状に対する共感不足や許容不足は避けたいところです。
部下のモチベーションが下がる発言にも注意が必要です。部下の描くキャリアを実現するために伴走する姿勢が感じられるような発言を心掛けてください。業績や成果に対する高すぎる期待も気を付けましょう。
4.キャリア1on1ミーティングを促進するソリューションのご案内
ここからは、組織や職場で実施する際の理解を深めていただくため、企業事例と自職場での展開ステップをご紹介します。
ソリューションの事例
物流業の大手企業(約1200名)が取り組むキャリア自律推進の事例をご案内します(図7)。
この企業では、会社の戦略と、現場の人事情報を結び付け、戦略的な人財配置、ジョブローテーションの実現を目指していました。目的は組織の戦略実行と個人のキャリアエンゲージメントの向上です。人事、部下、管理職が三位一体の取り組みを始めたところです。
人事サイドで、まずは、タレントマネジメントシステム(TMS)を導入し、人事ワークフローを一元化しました。戦略的な人財配置のため、領域別の業務要件の可視化を進めています。そして、キャリアeラーニングにより、取り組みの事前学習と共通認識の形成を行いました。
職場では、年間で5回、人事評価の運用面談を行いますが、それとは別に監督職と一般職でキャリア1on1ミーティングを開始。部下は事前に「キャリアカード」を作成し、自身のキャリア情報を整理します。ミーティング後、上司がその内容をTMSに入力します。そして上司と部下で協働して育成計画を立案し実践します。
また、管理職、監督職、一般社員を対象に、対象者の自律的なキャリア開発を促進することをねらいとして、キャリア研修を実施。それぞれのキャリアの棚卸しや役割の明確化、1on1ミーティングの準備強化、キャリア開発に関する共通理解の獲得を目指します。この取り組みを通じて、キャリア1on1ミーティングの促進をしています。
キャリア自律を実現する基本の展開
職場でキャリア自律を展開する三つのステップをご紹介します(図8)。
まずは、自己学習でキャリア開発について学びます。弊社では学習動画や自己診断を各種用意しています。自己学習後には集合研修の実施が効果的です。他者との情報共有や対話から学びや気付きを深められます。さらに、職場でキャリアビジョンに向けて仕事をしていくために、本日ご紹介したキャリア1on1ミーティングの実施を推奨しています。
5.まとめ
キャリア自律を促進するためには、組織と個人、上司の三位一体となった取り組みが重要ですが、中でも、組織と個人をつなげる上司の役割が重要です。その際、効果的なアプローチとなるのが、キャリア1on1ミーティングです。
キャリア1on1ミーティングは事前準備、ミーティング、フォローの3ステップで分けると、効果的に実施ができます。実施に際しては、前提として聴く、受け入れるという姿勢を持ちながら、部下の考え方や志向性を踏まえて進行をすることが重要です。そして、型破りモデルを参考に、部下に必要な経験を与えることも効果的です。
一方、組織視点では、自己学習や集合研修の機会充実、TMSとキャリア1on1ミーティングと連動させるなどの取り組みも必要でしょう。
ご質問やご不明点あれば、お問い合わせください。当レポートが少しでもご参考になれば幸いです。
レポート作成:㈱ビジネスコンサルタント 情報サイト事務局