肉体的、精神的、そして社会的に良好で満たされた状態を指すWell-being(ウェルビーイング)。自組織のWell-being経営のために独自指標をつくることで、私たちの人生や組織はどのように豊かになっていくのでしょうか。ここでは、Well-beingと独自指標づくりのノウハウを実際の事例を交えつつお伝えします。
*本レポートは2023年6月15日に実施したウェビナーの内容をまとめたものです。
<登壇者情報>
株式会社ビジネスコンサルタント (以下、BCon)
イノベーションプロデューサーコンサルタント 内藤 康成
目次
- BConが考えるWell-being経営とは
・Well-beingとは
・主観的Well-beingが高まることで得られる可能性
・Well-beingを高めるポジティブ心理学のアプローチ
・BConが考えるWell-being経営 - なぜ指標づくりなのか
・指標づくりの背景は人的資本の可視化
・人的資本の可視化に欠如している指標
・「働いている人」起点の指標
・Well-being指標づくりで得られること - Well-being指標づくりを活用した変革アプローチ
・組織開発的なWell-being向上のアプローチ
・対話(ダイアログ=Dialogue)がポイント
・Well-being経営のサイクル(ある企業の例) - まとめ
1.BConが考えるWell-being経営とは
Well-beingな個人や組織の醸成につながるアプローチをご紹介するに当たり、まずは弊社が考えるWell-being経営についてお伝えします。
Well-beingとは
昨今よく耳にするようになったWell-beingですが、実は1946年に制定された世界保健機関(WHO)憲章の中で初めて使われた言葉です。
「HEALTH IS A STATE OF COMPLETE PHYSICAL, MENTAL AND SOCIAL WELL-BEING AND NOT MERELY THE ABSENCE OF DISEASE ORINFIRMIT」という健康について定義された文章の中に登場します。日本WHO協会の訳※1は以下です。
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。」
※1 https://japan-who.or.jp/about/who-what/charter/
つまりWell-beingとは、肉体的、精神的、そして、社会的に良好で、すべてが満たされた状態をいいます(図1)。
企業など働くために所属する組織は、社会システムの一部であり、私たちはその中で、多くの時間を費やします。つまり組織の中で、私たちが満たされた状態、Well-beingであることは、豊かな人生を送る上でとても大事なことです。
ここで、Well-beingには二つの観点があることを確認しましょう(図2)。
客観的Well-being
生理学的指標と社会、経済的指標に分かれます。生理学的指標は、例えば、脳波の波形やコルチゾールという心身がストレスを受けると急激に増えると言われるホルモンの分泌量が指標になります。社会、経済的指標では、収入や休暇、福利厚生など、人生が豊かになるきっかけ、あるいは豊かになる源をどれだけ得ているかが指標になります。
主観的Well-being
人生の満足度は主観です。つまり、一人ひとりが自身の人生に対してどのように思うかということです。そして、喜びや安らぎなどのポジティブ感情、恐れや不安などのネガティブ感情を含みます。当然、ポジティブ感情が多いと思考の幅や活動の幅が広がります。
ネガティブ感情は、強すぎると行動範囲や選択の幅が狭くなり、Well-beingにつながりにくくなります。ただし、否定的に捉えられがちなネガティブ感情ですが、実はこの感情があるからこそ人間は発展してきたとも言えます。危険から逃避する思考は、ネガティブ感情があるからこそできることです。
客観的Well-beingは、源となる収入や休暇の取得が所属組織の制度などの影響を受けるため、個人がコントロールすることに限界があります。一方で、満足度などの主観的なWell-beingについては、個人が自らコントロール可能です。このため、現代社会においては主観的なWell-beingに焦点を当てた取り組みが特に重要となっています。
主観的Well-beingが高まることで得られる可能性
Well-beingについては多くの情報があり、書籍の中でさまざまに語られていますが、主観的Well-beingとポジティブ感情の因果関係は非常に複雑で、確実なことは言えません。ただ、主観的Well-beingとポジティブ感情に相関があるということは、私たち自身が感覚的に理解できていることではないでしょうか。
ポジティブな気持ちであれば、活動の幅が広がり、創造性が豊かになりパフォーマンスが高まります。すると、上司からの評価が高まり、出勤することが楽しくなります。結果、収入や組織全体のパフォーマンス向上につながっていきます(図3)。
Well-beingを高めるポジティブ心理学のアプローチ
ポジティブ心理学は、1998年にペンシルベニア大学心理学部の教授マーティン・セリグマン博士(当時アメリカ心理学会会長)が提唱した、心理学研究の新しいアプローチです。私たちの人生をより良いものにしていくこと、Well-beingを高めていくことを追求しています(図4)。
セリグマン博士は、Well-beingを高めていくための五つのアプローチとしてPERMA理論を提唱しています(図5)。
自組織に、以上のような要素を得られる環境や高める仕組みは用意されているでしょうか。PERMA理論を切り口に、Well-beingを追求することができます。
BConが考えるWell-being経営
弊社では、Well-being経営を実現するために必要な七項目を仮説としてまとめています(図6)。
①豊かなビジョンを掲げている
PERMA理論のような、仕事の意義や豊かで誇れるようなビジョンが掲げられていることが大切です。
②ビジョン実現に向けて動き出している
ビジョン実現に向けて動き出すためには、パーパス(Purpose)をつくるだけでなく、それを組織に具体的な行動として落とし込み、実行しなければなりません。
③誰もが主役になっている
会社で働く一人一人が、自分が主役だと感じ、当事者として貢献しているという実感を持つことはとても大切です。特に最近の若い人たちの傾向として、新入社員のアンケートにも如実に表れています。
④多様性が生きている
国籍や嗜好(しこう)性の違い、働き方の違いなどお互いのバックボーンの違いによる相乗効果でイノベーションが起こります。イノベーションには多様性が必要不可欠です。
⑤誰もが心身ともに健やかで充実している
根底にあるのは心身の健康です。この健康が多様性と相まって三位一体となりアウトプットにつながっていきます。
⑥地域社会とのつながりを大切にしている
私たちも会社も社会システムの一部です。したがって、地域とどのようにつながっていくかも非常に大切です。
⑦Well-beingの独自指標でマネジメントしている
以上のことを包括して、Well-beingを指標化しマネジメントしていくことです。
次のアジェンダでは、この七つ目にあるWell-beingを指標化しマネジメントすることについて深掘りをしていきます。
2.なぜ指標づくりなのか
Well-being経営を実現するために、独自指標をつくる必要性、メリットを弊社事例から解説します。
指標づくりの背景は人的資本の可視化
ESGや人的資本経営の考え方が浸透し、非財務的な指標の重要性が増しています。特に日本では、2022年8月に内閣官房内の「新しい資本主義実現本部」から、人的資本の可視化指針が出されました。多くの組織で取り組みが検討されていますが、この背景には、2021年の経済協力開発機構(OECD)による平均賃金調査の結果があります。日本は先進7カ国(G7)の中で唯一、30年間賃金が上がっていませんでした。
この要因として、人に対する投資がされていないためにイノベーションが生み出せない、売り上げが上がらない、そして、賃金が上がらないということが分かってきました。そこで、人への投資を行うことでイノベーションを生み出そう、そのために人への投資を可視化しようという動きが指標づくりの背景にあります。
人的資本の可視化に欠如している指標
人的資本の可視化方針には、二つの指標が示されています。一つは、自社固有の戦略やビジネスに沿った独自の指標や目標を立てること。研修時間や受講した人数など、進捗が測れる指標を設け、人的資本への投資を可視化します。
もう一つは、独自の戦略を展開する先行指標の設定と開示です。自組織のビジネスに対する共感、いわゆる従業員エンゲージメントの指標など、自組織がいかに魅力的で投資に値するかを示す指標です。
この二つの指標は、経営側が起点の指標です。これらを活用するメリットはあるのですが、今回推奨したいのは組織で「働いている人」起点の指標です。なぜ、それを推奨するかというと、業績や結果につながるのは「働いている人のWell-being」だと考えるためです。
「働いている人のWell-being」を高める観点は、働いている人たち本人にしか分かりません。経営側起点の投資家向けにつくった指標では、「働いている人のWell-being」は高まらない可能性があります。
「働いている人」起点の指標
「働いている人」起点の指標は、働いている人自身でつくることが効果的です。なぜ、指標を自分たちでつくるのでしょうか(図7)。
前述した通り、主観的Well-beingの向上が重要です。主観とは自分自身の考えのことですから、働いている人たちが自分たちらしいと思える指標をつくることが、最も合理的な方法となります。この指標を基に改善を行うことで組織のWell-beingを高めることにつながります。
弊社の事例 個人に対する質問
具体的にどのような指標なのか、弊社でつくった指標をご紹介します。指標は現状調査の際、そのまま質問項目となります。質問は個人に関する質問と組織に関する質問で合わせて24問つくりました。そして、各質問に閾値を設定し、指標としました。
閾値とは例えば、Well-beingの状態を聞いた質問に対し、わが社では「はい」(または5段階評価4など)の回答が90%を超えたらWell-beingであることを示す値として設定するものです。以下は抜粋した質問です(図8)。
例えば個人に関する質問に「あなたは上司、同僚、先輩、後輩など、仕事に関する人から気に掛けてもらえている、大切にされていると感じますか」とあります。弊社では全ての社員が遠隔で働いています。同僚や後輩に会わずに仕事を進めることもあるので、PERMA理論のR(関係性)を意識するため、このような質問を設定しています。
また、弊社のコンサルタントは出張や移動が多いため、どうしても食事が二の次になりがちです。そこで「あなたは、1日1回味わって、食事をしていますか」という質問を設定しました。貴重な昼の時間を有効に使いたいという思いからおろそかになりがちですが、食事をゆっくりと味わうことは、Well-beingを高めていくアプローチの一つと考えています。
そして、私たちは職業柄、自己研さんが必要です。そのため「あなたは、研究、勉強、ネットワークづくり、自己研さんなどを意識的にできていますか」という質問も設けました。自己研さんの意識を高めていくことの大切さに気付いてほしいという意図があります。
弊社の事例 組織に対する質問
組織に対する質問では、弊社の特徴を表す指標ですが、「あなたは、この半年で、自分の住む(あるいはゆかりのある)地域で、文化的活動(イベント、伝統行事、学校行事)、スポーツ、ボランティアなどに参加しましたか」と聞いています。仕事柄、社会とのつながりが希薄になってしまうため、このようなバランスも取りたいということで質問を設けました。
これら指標については、幸せの国と言われるブータンのGNH(国民総幸福量)調査のビジネス版の観点と、チリの経済学者マックス・ニーフ氏のニーズ論を参考にして指標を検討しています。
Well-being指標づくりで得られること
指標づくりを通して、まず、指標をつくる人たちの Well-beingが高まります。そして、相互理解が深まります。自分たちが理想とする組織の姿を、トップダウンでなくボトムアップでつくれます。
組織として大切にしたい価値観や行動、目標に気付き、その結果を通して組織運営の指針などを得られることが、このWell-being指標づくりに取り組むメリットです。同時に働く人の当事者意識を醸成する仕掛けになっています(図9)。
3.Well-being指標づくりを活用した変革アプローチ
Well-being指標を活用した変革アプローチについてご紹介し、その効果を挙げるポイントを事例でご案内します。
組織開発的なWell-being向上のアプローチ
通常、Well-being指標を活用した変革アプローチは、対話による指標づくりから始めます。
そして、3カ月から半年かけて指標をつくり、その指標を活用したアンケートを実施します。アンケート結果をデータフィードバックして改善活動につなげていきます(図10)。
対話(ダイアログ=Dialogue)がポイント
このアプローチのポイントは、対話です(図11)。
幸せの価値観は人によって違います。対話を通して、部門や働き方が異なる中で、共通していることは何なのか、私たちの組織で働く、豊かな人生とは何なのかを探っていきます。主観ですから、いきなり決めつけず、自由な雰囲気で聞き合う、語り合うことが大切です。
Well-being経営のサイクル(ある企業の例)
ある会社の取り組みについて、指標づくり後の流れをご紹介しましょう(図12)。
まず、独自指標を用いたアンケートを実施した後、弊社がファシリテーションを担当して役員とリーダーに結果データをフィードバックしました。その後、役員は経営施策を検討・展開しました。
一方、指標づくりプロジェクトに参加した30名のメンバーは、600人以上いる全従業員を対象に、対話会を実施。プロジェクトのメンバーやリーダーは各拠点でアンケートの意図を伝えました。拠点ごとに「私にとってのWell-being」について考えてもらい、対話をする中で職場単位の、現場に即した変革課題が明確になっていきました。
1回目は弊社がファシリテーターとして参加しましたが、後はプロジェクトのメンバーやリーダーが主体的に運営しました。主観的Well-beingを高めるわけですから、自分たちのなかからエネルギーが湧きおこってくるような運営を目指したわけです。結果的に、指標もブラッシュアップされ精緻なものになりました。
このように、自分たちからエネルギーが湧き起こる主体的な活動サイクルをいかにつくるかが、Well-being経営において必要だと考えています。
4.まとめ
Well-being実現のための独自指標づくりとは、働く人たち自身が対話を通じて相互理解し、わが社で働くWell-beingを定義することです。それは同時に、自分たちでいかにその組織をよくしていくかという当事者意識を醸成するアプローチでもあると考えています。
事例として先述し紹介した企業のプロジェクトメンバーとして参加したシニア職の方が、「自分たちが大事だと思うことを日頃、接点のない若い社員に伝えられたことが本当に良かった」とおっしゃっていたことがとても印象的でした。まさに主観的にWell-beingが高まる瞬間だったと思います。独自指標づくりが、競争優位を発揮できるアプローチとして、Well-being経営の一助になれば幸いです。
レポート作成:㈱ビジネスコンサルタント 情報サイト事務局