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新たなアイデアを生み出し、量産する「イノベイティブ・シンキング」とは

テクノロジーの進化は私たちの生活に大きな変化をもたらし、日本では2030年に現在の仕事の約半分が人工知能(AI)に置き換わると言われています。人間が持つ優位性である「これまでの常識を打ち破る創造性」の重要度が増している今だからこそ求められる「イノベイティブ・シンキング」。その概要と開発方法、活用についてご紹介するウェビナーをレポートします。

*本レポートは2023年7月13日に実施したウェビナーの内容をまとめたものです。

<登壇者情報>
株式会社ビジネスコンサルタント
フェロー役員 東野 司
コーディネーターコンサルタント 西野 悟
チーフコンサルタント 一柳 恵梨香

1. イノベイティブ・シンキングが求められる背景

DX時代の到来、SDGsへの対応、コト消費の拡大など、イノベイティブ・シンキングが求められる背景には多くのキーワードがあります。ここでは、その背景について解説します。

「イノベイティブ・シンキング」とは

「イノベイティブ・シンキング(革新的思考)」とは、アイデアを生み出すとともに実践へ結びつけていく思考のことです。「イノベイティブ・シンキング」が求められている背景には、大きく次の二つがあると考えています。

背景①|三大インパクトを乗り越える

外部環境の変化を乗り越えるために、人が生み出すアイデアが必要になっています。特に経営に大きな影響を与えている外部環境の変化「三大インパクト」について解説します(図1)。

3大インパクトを説明する図
図1 三大インパクト

まず、DX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)時代の到来です。2023年の「DX白書2023※1」によると、日本企業の中でDXに対する取り組みを推進している組織は2022年度で69.3%にもおよぶそうです。

アメリカでは全体の77.9%がDXに取り組んでいるというデータもあります。DXへの取り組みで求められていることは、単なるITサービスの活用ではなく、デジタルテクノロジーを活用したビジネスの成長です。
※1 IPA 独立行政法人 情報処理推進機 https://www.ipa.go.jp/
DX白書2023 エグゼクティブサマリー

次に、サステイナブル(持続可能な)経営の推進です。2030年への目標であるSDGsへの取り組み、投資家からのESG投資などへの対策を同時に講じなくてはいけません。

最後に、サービス経済化の波です。高度経済成長期以降、主流であった大量生産、大量消費、大量廃棄を前提としたビジネスモデルは、すでに過去のものになりつつあります。現在は、物の所有に対する価値を訴えるより、サービスの体験や経験からいかに価値を見いだすかという、ビジネスモデルの転換が求められています。

三大インパクトに対してわれわれが取り組むべき課題は、成長戦略を描くことです。そのためには事業ドメインの再定義と、事業をスクラップアンドビルドする必要があります。そのときにカギとなるのが、従来の考え方を乗り越える思考です。この力があれば、イノベーションを起こし、新しい時代にうまく適応できます。

背景②|アイデア創出を課題とする日本企業

2019年、アメリカを代表する組織経営学者のチャールズ・A・オーライリー博士とマイケル・L・タッシュマン博士(以降オーライリー博士とタッシュマン博士)は、著書の中で「両利き経営」という新たなメッセージを打ち出しました(図2)。

両利き経営を深化と探索の2つの能力から説明する図
図2 イノベイティブ・シンキングが求められる背景_両利き経営(ambidexterity)とは 参考 チャールズ・A・オーライリー/マイケル・L・タッシュマン(著)渡部典子(訳)、2019年 『両利きの経営』 東洋経済新報社より株式会社ビジネスコンサルタント独自の解釈を加えて作成

書籍の中で、両利きの経営が行えている企業ほど、イノベーションが起き、パフォーマンスが高くなる傾向が、多くの経営学の実証研究で示されていると言っています。

両利き経営の取り組みは二つです。一つは既存事業を深掘りする組織能力、言い方を変えると「深化」。もう一つは、事業機会を探索する組織能力「探索」です。

深化」については、従来の方法を改善して効率性や効果性を高めていく、日本企業が比較的得意とする能力であると言えます。一方、「探索」については、これまでの事業領域を超えた新しいアイデアを出す能力が必要であり、課題を抱えている企業は多いのではないでしょうか。

多くの企業から「発想の転換が必要だが、これまでの枠組みから抜け出せない」と悩みをお伺いします。実際に弊社がコンサルティングをする中では、「探索」能力を高めることに悩んでいる企業は増えている印象です。

イノベイティブ・シンキングを開発するITSとは

イノベイティブ・シンキングは後天的に開発できる能力です。弊社では開発のためのプログラムとして「イノベイティブ・シンキング・システム/Innovative Thinking System®(以下、ITS)」を用意しています。

コンセプトは「革新=創造性+実践」で、パターン化した思考の「箍(たが)」を打ち壊し、新たな価値を生み出すイノベイティブな発想力と実践力が開発できるプログラムです。

もともと弊社では、1989年から「創造性を開発する」というコンセプトでプログラムした研修会を企業に向けて提供してきました。その中で、受講した方々は、創造性の開発よりも、最終的にイノベーションを起こすことを望んでいると分かってきました。

その経験を踏まえ、コンセプトを現在のものへ刷新し、イノベーションを体系的にまとめたものへと1995年に改定しました。そのコンセプトを用いて公開講座をプログラムして提供を開始し、2023年度の開催で81回目を迎えました。お客さま先での研修会では、2018年から2022年の5年間で2万人を超える方々を対象に実施しています。

イノベーションの要素として欠かせない「実践」

先述したタッシュマン博士も、1998年に弊社が主催したセミナーにおいて「イノベーションは創造性を発揮するだけではなく実践が伴わないと実現できない」と言っています。イノベーションを起こすには、創造性やアイデアを職場で実践し、ビジネスで成果につなげる過程が必要です。

ITSも「創造性+実践」を踏まえた構成になっていることが特徴です。単なる創造性の開発でなく、ビジネスとしての実現度を高める視点や組織を動かすプレゼンテーションの方法論など、イノベーションの実現を念頭に構成されています。

2.イノベイティブ・シンキング・システムの概要

ここからはITSの全体像と、アイデアを出すための手法や技法についてご紹介します。

ITSの全体像

ITSは大きく三つの技法で構成されています(図3)。

イノベイティブ・シンキング・システで紹介する各技法とプログラムの流れを表す図
図3 「イノベイティブ・シンキング・システム(ITS)」の全体像

一つ目のアイデアの発散技法とは、徹底的にアイデアを出していく技法で、セブンテクニック法と呼んでいます。収束技法は実現に向けてアイデアの絞り込みと磨き上げを行う技法です。アイデアを絞り込むセブンスクリーン法と企画アイデアをブラッシュアップするセブンブラッシュ法の二つがあります。アイデアの実践化技法として用意しているのはセブンマップ法です。

発散のキーワードは、評価をしないということです。評価することで「自分のアイデアが否定されてしまうかもしれない」と不安になってしまうからです。発散中はとにかく、多くのアイデアを出せる雰囲気を大事にすることです。磨かれたアイデアを、どのように実践していけば実現できるのか。その地図を作るときに使うのがアイデアの実践化技法です。

アイデアを生み出す技法「IG」

ここからは、具体的なイメージを持つために発散技法にフォーカスし、そのメカニズムや技法をご案内します。

まず、一般的なアイデア案出のプロセスは次の通りです。何らかのテーマを考えたとき、ある種のイメージが漠然と湧いてきて、そのイメージがヒントとなり、ヒラメキが来て、アイデアが案出されます。

しかし、いくらテーマについて考えてもなかなかイメージが出てこないことがあります。そのようなときに使う技法がIG(アイデアジェネレーター)です。IGとはテーマに対して発想する際の制約となって、イメージを生み出す“もと”となるものです。

テーマについてIGとなる文章を設定し、その文章から浮かぶイメージをヒントに考えます。イメージが湧く文章をいろいろ設定することで、常識にないようなアイデアが生まれる可能性が出てきます。

IGの具体例は次のセブンテクニック法と併せてご紹介します。

アイデアの発散技法|セブンテクニック法とその例

発散技法であるセブンテクニック法について、ご紹介します(図4)。

発散技法の7つのテクニックを紹介する図
図4 アイデアの発散技法(セブンテクニック法)

例えば、テクニックBは、Breakの頭文字であるB、常識を意図的に壊すテクニックです。

近年、さまざまな業界で常識を覆すようなトップメッセージがあります。コンビニ業界では「コンビニは単にモノを売るだけの場所ではなくなる」、大手旅行社では脱旅行をうたい「体験をデザインする会社になる」といったものです。

このように、今までのビジネス上の常識を試しに壊してみたらどうなるかと思考するのが、テクニックBです。消せるボールペンや針のないホチキスなど、身近な商品の中にも、世の中の常識を壊すことで着想を得て、生まれたアイデア商品の例が数多くあります。

例として、テクニックBを活用し、IGを設定してアイデアを考えてみましょう。

「新しい靴」というテーマを考えるとします。テクニックBの進め方としては、まず靴にまつわる常識をリストアップします。そのうち例えば、「足に履く」という常識に対し、「足に履かない」というように常識を壊す考えをIGに設定します。

それによって、例えば「足につっかける靴」「指に履く靴」などへの着想が得られます。また、リストアップされたその他の常識に対しても、IGを設定することで多くの着想が得られます。

テクニックBだけでなく、セブンテクニック法の他のテクニックも活用することで、多くのアイデアが案出できます。

創造力の発揮に向けたアプローチ

創造力を発揮するメカニズムと、その方法について紹介します(図5)。

創造力の発揮と規制力と推進力との関係性を表した図
図5 創造力の発揮に向けたアプローチ

まず、組織開発の領域の知見である「力の場の分析モデル」をご紹介します。このモデルは社会心理学の父とも言われる学者クルト・レヴィンによって生み出されました。

これは場の理論の一つで、一つの現象(場)に、二つの力、「規制力」と「推進力」が働いていると考えます。組織変革の際には、それぞれの力を明確にし、問題状況を変革していく手掛かりを見いだします。

創造力の発揮度合いについても、二つの力のバランスで決まります。上から押さえつけている規制力を減らすことで、推進力が自動的に高まり、創造力の発揮につながります。

規制力となる「思考の箍(たが)」を取り除く

代表的な規制力としては、「思考の箍(たが)」があります。「思考の箍(たが)」とは、前向きで新しい取り組みや行動、思考を無意識に阻む仮説や考え方のことです。この箍(たが)を外す必要があります。例えば、景気がよくない、競争相手が同じようなサービスを行っているなどを理由に新しいアイデアを出さないのは、環境の箍(たが)にはまっています。

また「以前に却下されたアイデアだから今更通らないかもしれない」と考える歴史の箍(たが)「今の仕事が手一杯で、他に何もできません」というリソース不足の箍(たが)などがあります。特に、なかなか外せないのが自分の箍(たが)です。「私にはできません、私はそういうタイプではありません」と、自分は「こんな人だ」と決めつける箍(たが)です。

このようにさまざまな箍(たが)の存在を理解し、気付き、指摘し合うことで、箍(たが)を外すことができます。ぜひこの箍(たが)を会社のはやり言葉にして、規制力となる箍(たが)を積極的に外していきましょう。

推進力の向上に必要な五つの機能

次に推進力を高める方向から見てみましょう。参考になるのはアメリカの戦略コンサルタント、アラン・ファスフェルドが提唱した「革新に必要不可欠な五つの機能※2」です。五つの機能が会社にそろっていないとイノベーションは起きないというものです。

※2 ”Critical Function:Needed Roles in the Innovation Proccess” Edward B.Roberts, Massachusetts Institute of Technology Alan R. Fusfeld, Pugh-Roberts Associates, Inc.
所収「CAREER ISSUES IN HUMAN RESOURCE MANAGEMENT」1982:Ralph Katz, Editor 

一つ目は、アイデアの案出機能です。イノベイティブな会社では、何千何万というアイデアが出てきます。徹底的にアイデアを出す組織能力が最初のポイントです。

二つ目はアイデアの選択機能です。アイデアを採択する上層部の起業家精神を醸成し、アイデアを用意周到に磨き上げて魅力あるものにブラッシュアップする。そして、入念に準備したプレゼンテーション能力の啓発によって、組織の採択機能の向上を図ります。

三つ目はアイデアの実践機能、プロジェクトリーディングです。「言い出しっぺがやれ」と、必要性を唱えた人が実践も行うことを促されると、アイデアは上がりづらくなります。いかに公式なチームとして取り組むようにできるか、適任者を取り組みへの参画に選出できるかがポイントです。

四つ目が保護役、仲介役機能です。保護役は、必要な情報を見極めて仕入れ、プロジェクトにインプットするゲートキーパー的な存在です。

そして五つ目は後見役です。大成功しているアイデアには必ずバックアップしてくれる人物がいます。社内に対して影響力を発揮している人やスポンサー、精神的なバックアップを担うコーチやメンターなどが後見役にあたります。

イノベーション・シンキング・システムは、この五つの機能を取り入れて構成しています。

3.イノベーションへの取り組み事例

イノベーションへのアプローチの仕方はさまざまですが、ここでは最も取り組みの多い三つのアプローチ法とその概要をご紹介します(図6)。

アプローチ方法1、2|研修会やプロジェクト

イノベーションの取り組みとして研修やプロジェクト形式で導入するテーマ例を紹介する図
図6 アプローチ方法1,2:ステージ別研修、目的別研修・プロジェクト単位

一つ目のステージ別研修会には、一般職向けに個人のイノベーションマインドを醸成する研修会と、経営層・管理職クラスを対象に、創造性を引き出しリーダーシップ発揮の仕方を学習する研修会があります。より多くの方々のスキル習得を目的とし、1日から2日程度のカフェテリア形式手上げ式の研修会で採用するケースもあります。

また、異業種の複数社が集まって共催する場合もあります。自社の常識や無意識の当たり前に気付け、変革のきっかけにできるという効用があります。

二つ目の目的別研修会は、業務革新、新商品や新サービスの企画立案、新規事業のアイデア出しやビジネスモデルの革新をテーマにしています。弊社では、半年から1年単位でプロジェクトを進め、社内トレーナーの育成と継続的なイノベーションミーティングの支援も行っています。

アプローチ方法3|サーベイを活用した組織文化の変革

これは、特にイノベーションが求められる研究開発部門や技術部門に特化した取り組みです(図7)。

イノベーション・ドライバーズサーベイと公開講座を利用した組織文化変革のアプローチを紹介する図
図7 アプローチ方法3:サーベイを活用した組織文化の変革

組織にある規制力と推進力を可視化し、問題解決を進め、文化変革を図ります。社内の推進者がITSライセンスを取得することで、取り組みを効果的にできます。

4.まとめ

さまざまな外部環境変化に対応するために、今後もより一層イノベーションが求められていくでしょう。そのために必要となるのが、人が生み出すアイデアや創造性です。日本企業は、アイデア創出が苦手という意見もありますが、創造性は天性のものではなく、後天的に開発することのできる力です。「イノベイティブ・シンキング・システム」はそのためのプログラムです。

一方、イノベーションを阻むのは、個人や組織の中にある「思考の箍(たが)」である場合もあります。組織開発の視点からも規制力を取り除き、推進力を高めることが組織の創造性を発揮することにつながります。イノベーションを起こすには、イノベイティブ・シンキングのスキルを高めることも大切ですが、併せて組織文化の変革も重要です。
本レポートが組織のイノベーション推進の参考になれば幸いです。

レポート作成:㈱ビジネスコンサルタント 情報サイト事務局