「コンプライアンスやハラスメントに対する取り組みの見直しをしたい」というお問い合わせが、一昨年から毎年倍増しています。その背景には、コーポレートガバナンス(企業統治)コード、内部統制、市場区分の再編による企業を取り巻く制約条件の増大や、パワハラ防止法等の法改正、また、働く社員や社会の意識変化等、さまざまな環境変化の影響があります。
これまで、弊社では800組織以上を対象に、コンプライアンス推進のテーマにおけるコンサルティングや研修を実施してきました。今回は、ハラスメントに焦点を当て、ハラスメントへの関心が増大している背景や、防止のためのアプローチ、そして具体的にどのような取り組みを行っていくべきなのかについてご紹介します。
※本ウェビナーレポートは、2022年3月1日に実施した「ハラスメント防止とは何をするべきか」の内容をまとめたものです。
<登壇者情報>
株式会社ビジネスコンサルタント コーディネーターコンサルタント 土橋るみ
株式会社ビジネスコンサルタント コーディネーターコンサルタント 井本雄平
目次
- ハラスメントへの関心が増大している背景
・相談しやすい環境の増加
・価値観の変化・多様性の広がり - ハラスメントを生みやすい職場「4つの特徴」
・働く個人および職場の対人関係の問題
・高負荷な仕事によるストレス
・サポートシステムの欠如
・閉鎖的な職場風土 - ハラスメント防止には段階的アプローチが必要
・問題を顕在化させることが第一歩
・ゴールは「働きがいのある職場」
・アプローチ方法 「知識理解」から「自分事化」する - ハラスメント防止のための具体的施策
・施策1:自ら考えることを促すeラーニングの実施
・施策2:組織内の全階層に向けたハラスメント対策
・施策3:相談員の技術強化
・施策4:セルフエスティームの高い職場づくり - まとめ
ハラスメントへの関心が増大している背景
厚生労働省が発表している「令和2年度 個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、各都道府県の労働局や労働基準監督署に設置された「賃金・労働条件、雇用関係に関する問題についての相談を受ける窓口」への相談件数は、毎年129万件を超えています。
「解雇や不当な労働条件」に関する個別労働紛争についての相談は約27万件です。そのうち「パワハラなどのいじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は約7万9000件と、職場の労働紛争に関する相談の中でも、20%を超え最も高い割合を占めています(図1)。
ただし、2020年のパワハラ防止法の改正もあり、上記の約7万9000件の相談件数の中には、大企業からの約1万8000件が含まれていません。それを含めると約9万7000件にのぼるため、この相談件数は、ずっと右肩上がり基調であると言えます。では、8年もの間、増加傾向にある要因は何なのでしょうか。
相談しやすい環境の増加
ハラスメントへの関心が高まった背景の一つは、職場で相談しやすい環境が整備されつつあることが考えられます。近年多くの企業でコンプライアンス窓口の設置が行われ、その存在が周知されました。身の回りにハラスメントに関する情報が増え、職場での悩み事を相談しやすくなったと言われています。
価値観の変化・多様性の広がり
価値観の変化や多様性の広がりも、ハラスメントへの関心を高めた一因と言われています(図2)。
職場を取り巻く環境は大きく変化しました。かつて組織の前提は、日本人の正社員がフルタイムで働き、同じ事業所で勤務するというものでした。現在では多くの組織で社員の国籍、雇用形態、勤務形態などの多様化「ダイバーシティ&インクルージョン」が進んでいます。従業員が抱える事情もニーズも千差万別であり、組織の人に対する“対応力”がより高度に求められるようになっています。
ハラスメントに関する情報や相談できる環境が整備されつつあること、多様性が広がり自分とは異なる価値観や背景を持った人と対話する必要が増えたこと、これらにより、ハラスメントへの関心が高まっていると考えられます。
ハラスメントを生みやすい職場「4つの特徴」
弊社が実施した調査では、ハラスメントを生みやすい職場の特徴として四つの項目が挙げられます(図3)。
働く個人および職場の対人関係の問題
まず大きな要因として挙げられるのは職場の対人関係です。一対一の関係、集団と個人の関係に問題がある職場では、ハラスメントが発生しやすい傾向にあります。
前提として個々人のハラスメントに関する知識や理解の不足も要因です。合わせて、コミュニケーション不足からくる信頼の希薄化やセルフエスティーム(自尊心、自己の有能感や肯定感、好感)の低下が大きな要因です。
高負荷な仕事によるストレス
過度な労働や、高負荷のタスクがかかっている環境でも、ハラスメントは生まれやすいと言えます。業務によるプレッシャーがあること自体は悪いことではありません。しかし、過度に負荷の高い状況では、言動が高圧的になってしまう可能性があります。
サポートシステムの欠如
ハラスメントに関する相談窓口が存在しているものの、社内での認知が十分にされていないことも特徴として挙げられます。また、周知されていてもサポートが機能しない場合があります。ハラスメント防止のための教育体系やガイドラインが未整備で、相談を受け止める現場の社員側に、ハラスメントに対する理解が足りていないことが要因です。
閉鎖的な職場風土
閉鎖的で風通しの悪い職場風土では、多くの社員がハラスメントの事案が生じていることに気が付いていても、相談窓口まで情報が上がってきません。仕事の進め方や職場での取り決めが属人的に決定されるためです。周りが環境を改善したり、口添えして支援したり、ということがなかなかできないまま組織運営が進んでいきます。
ハラスメントというと、どうしても「人・対人関係」の問題に目が行きがちですが、問題を広く捉え、改善することが大切です。
ハラスメント防止には段階的アプローチが必要
ハラスメントは単発的な対策では何も解決しません。計画的かつ段階的に粘り強くアプローチを重ねていくことが重要です。
問題を顕在化させることが第一歩
ハラスメントの状況を段階で分け、各段階の解決策を考えていきます(図4)。
第1段階:問題の顕在化
第1段階では、まず職場のハラスメントに気が付く、そして問題化していく、ということが必要です。職場の状況を調査するアンケートを実施し、実態を調査します。問題や予兆が見つかった場合は、フィードバックを行い、内省を促しましょう。
第2段階:ルールを作り、周知する
職場がハラスメントの存在に気付いてはいるが、まだハラスメントを指摘することができないという状態では、より具体的な行動に移ります。ガイドラインを制定し、規範変革、相談先への周知徹底を行います。
第3段階:早期発見・未然防止の仕組みを作る
見聞きしたハラスメントについて相談し、コミュニケーションの向上や風土の変革に職場全体が取り組んでいるような状態になれば、未然防止と相互けん制へと進むことができます。
社員全体でコンプライアンスに違反した行動が無いかお互いにチェックし、問題があった場合は指摘する、相談窓口に意見を出す、といった行動を取ります。また、ハラスメントの可能性を察知した時は、メモや記録をすることも促します。こうすることで、ハラスメントの未然防止や温和な職場環境の定着につながっていきます。
ゴールは「働きがいのある職場」
ハラスメント防止のゴールは「ハラスメントをなくすこと」ではありません。ハラスメントを撲滅した上で、働きがいのある職場環境をつくることです(図5)。
つまりそれは、ハラスメントの無い環境を定着させ、働き続けたいという意欲が自然と湧いてくる“ウェルビーイング(Well-being)が実現した職場”です。現在の自組織がアプローチのどの段階にあるのかを振り返りましょう。
アプローチ方法 「知識理解」から「自分事化」する
ハラスメントに対する職場の理解がある程度進んだ段階では、アプローチの方法を変えることも必要です。
法令知識や事例、判例、NG・OKワード等を学ぶことは推奨します。しかし、インプット学習だけでは理解した気になり、自覚の無いままハラスメントをしてしまうことが起こります。そのため、ハラスメント問題を「自分事化」することが重要です。
自分はもちろんのこと、一緒に働く同僚たちや職場環境の状況を問うことができるようになって、初めてインプット学習で学んだことへの本質的な理解につながるのです。
そして「自分事化」するためには“考えるアプローチ”が効果的です。
ハラスメント防止に対する具体的な施策
では、具体的にはどのような施策が考えられるのでしょうか。4つの施策をご案内いたします。
施策1:自ら考えることを促すeラーニングの実施
弊社が制作したeラーニングは、知識をインプットするだけでなく、自ら考えることを促すものです(図6)。
ハラスメント問題は、管理職だけの問題ではありません。解決のためには、職場にいる全員が当事者であり、自分自身も風通しの良い環境をつくる一員だという「自分事化」の意識が欠かせません。
そのために必要なのが、2つの学習アプローチです(図7)。
2つとは「方法論を学ぶ」HOW TO DOのアプローチと「自己に気付く」HOW TO BEのアプローチです。この2つのアプローチをとることで、ハラスメントが無く風通しの良い職場をみんなでつくっていこう、という自分事化された意識が高まります。
eラーニングは2つの学習アプローチの考えをベースに開発しています。ハラスメント防止に必要な知識を学ぶだけではありません。ケースとして、ハラスメントが行われている場面の映像を視聴し、自分の考えを整理し投稿する他、他の社員の考えを閲覧することができます。
全社員で共通認識を持つことで「ハラスメントをしない・受けない・みんなでなくす」をという意識を醸成します。
施策2:組織内の全階層に向けたハラスメント対策
ハラスメントを防止するためには、一部の管理職だけでなく、組織の全階層への展開がとても重要です。トップマネジメントだけでなく、一般社員への啓発も求められます。そのために、職場内でハラスメントに関する共通言語をつくったり、ハラスメントとは言えないグレーゾーンがどこにあるのか基準を制定したりします(図8)。
例えば、管理職と一般社員が見ているハラスメントの「グレーゾーン」は異なる可能性があります。そのため、話し合い、認識をすり合わせることが必要です。
また、ハラスメント教育には、2年、3年と継続的・計画的アプローチが必要です。研修は毎年継続的に、テーマを変えて行い、多面的なコミュニケーション能力を開発します。
施策3:相談員の技術強化
職場のハラスメント相談員が、瞬発的に案件を解決しようとしてトラブルになるケースがよくあります。相談員に必要なのは、状況をしっかりとヒアリングし、見立てをして窓口につなげる能力です(図9)。
事実や状況、本人の心情を聞き取らないまま対応することが無いよう、相談員の技術力アップのセミナーを実施します。相談員の心構えやロールプレーイング、そして相談員としての自己への気付きを促すリフレクションを行い、相談員としての能力を向上させます。
施策4:セルフエスティームの高い職場づくり
職場づくりも重要です。管理職と一般社員間の「グレーゾーンのずれ」に気付き、是正することに合わせて、心理的安全性とセルフエスティームの向上に取り組みます(図10)。
具体的には、まず、ハラスメントに関する認識を話し合う管理職研修を実施します。共通認識をつくった上でその内容をもとに職場での対話を行います。その後、中堅層や一般社員へと段階を踏んでハラスメント等の学習に取り組みながら職場での対話を促進します。そうすることで、風通しの良い、言うべきことを言える職場をつくっていきます。
ハラスメントは「なくす」というネガティブな行動に目が行きがちですが、セルフエスティームの高い職場をつくるというポジティブなアプローチもとても重要です。
まとめ
相談窓口の設置や価値観の変化・多様性の広がりによって、ハラスメントへの関心は年々上昇傾向にあります。個人や対人関係の問題だけでなく、閉鎖的な職場風土やサポートシステムの欠如といった環境的な問題も、ハラスメントを生む要因です。まずは、問題を顕在化し、計画的かつ段階に合わせた粘り強いアプローチが重要です。
具体的には、社員のハラスメントへの理解を高める環境を整えたり、職場でのグレーゾーンのズレを是正する機会を作ったり、相談員のスキルを高めたりとさまざまなアプローチが効果的です。また、ハラスメントに対する理解がある程度進んだ段階では、「知識理解」から「自分事化」する“考えるアプローチ”に変えることも大切です。
ハラスメント防止のゴールは「ハラスメントをなくすこと」ではありません。ハラスメントを撲滅した上で、「ウェルビーイング(Well-being)が実現した職場環境をつくる」ことです。職場の心理的な安全性を高めエンゲージメントが高い組織をつくることがハラスメント防止に必要だと考えます。
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レポート作成:㈱ビジネスコンサルタント 情報提供サイト事務局