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人的資本経営とは?背景や取り組み方、メリットなど基本を解説

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人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え積極的に投資し、その価値を最大限に生かすことで企業価値を高めていく経営手法です。この記事では、日本国内外での人的資本を巡る動き、注目される背景、取り組むメリットや具体的な取り組み方まで、人事担当者が知っておくべき基本的な情報を網羅して解説します。

①人的資本経営とは

現代のビジネス環境は、デジタル技術の急速な進展や気候変動問題等によって、絶えず変化しています。このような状況下で、工場や設備などの有形資産よりも、人材が持つ技術や知見などの無形資産をイノベーションの核として企業価値を高める「人的資本経営」への注目が高まっています。

経済産業省では人的資本経営のことを、以下のように定義しています。

人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。

出典:「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」経済産業省
 https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html

人的資本経営は、近年特に注目される経営手法ですが、それまでの経営とは、何が違うのでしょうか。一言で言えば、それまでの経営は人をコストとして捉えていたのに対し、人的資本経営では人を「資本」として捉えることです(図1)。

人材版伊藤レポート内にある変革の方向性の図

図1 変革の方向性

出典:「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~伊藤レポート~(概要)」 経済産業省https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_4.pdf

図1は伊藤レポートの中で紹介されている図ですが、人的資本経営とそれまでの経営の違いをキーワードで表しています。

人的資本経営に注目が集まる理由と背景

人的資本経営が注目される背景には、産業の移り変わりや価値観の変化に伴う投資判断の変化、多様な働き方の広がり、技術革新の影響などがあります。それぞれの要因を詳しく見ていきましょう。

投資家の意思決定の変化

現在、産業の主役はICT産業やサービス産業となっており、企業価値の多くは無形資産にあります。実際に、S&P500企業の市場価値のうち、無形資産の占める割合が1995年には68%だったのが、2020年には90%になったというデータも公表されています。

出典:OCEAN TOMO, Intangible Asset Market Value Study
https://oceantomo.com/intangible-asset-market-value-study/

2008年のリーマンショック以降、投資家たちは企業の無形資産、特に人材情報の開示を強く求めるようになりました。これは、財務諸表が示す有形資産だけでは、投資家として企業の成長性を判断するのが難しいという認識に基づいています。企業価値の源泉が財務資本から非財務資本へと移行しているため、非財務資本の評価が重要視されるようになっています。

多様な人材と働き方の増加

人口構造の変化や経済のグローバル化、価値観の多様化に伴い、企業内の人材が多様化しています。従来の一律管理では人材が流出し、企業の成長は難しくなる傾向にあります。

このため、一人一人の背景や状況に合わせた働き方を尊重し、それぞれの能力を最大限に生かす経営の在り方が求められています。

サステナビリティへの関心の高まり

近年、気候変動、自然環境の変化、貧困などの社会課題が注目されています。加えて、新型コロナウイルスのパンデミックは社会や経済活動の見直しを促しました。これらの課題への対応には「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」のESGを総合的に考慮し、地球と人間の関係を長期的かつグローバル視点で理解することが必要です。

この背景から、企業活動の評価は財務情報だけでなく、ESG課題への対応状況を含む非財務情報も重視されるようになりました。企業の価値観は株主中心から、ESGを考慮したものへと変化しています。人的資本経営は、企業が社会的責任を果たし、持続可能な発展を図るために重要視されています。

革新と技術進化からの必要性

技術革新や情報利用が進み、類似の製品やサービスが身の回りにあふれています。顧客からすると少しの機能の違いでは差が分からなくなっており、企業は差別化のために、人が生み出すアイデアを求めています。また、人工知能(AI)やロボティクスの導入で仕事の内容が変わる可能性があり、社員が新しいスキルを習得する機会を提供することが重要です。

③国内外の状況

グローバルな動向と国内の対応を解説し、人的資本経営の現状を探ります。

海外の状況について

海外では欧米諸国を中心に人的資本に関する動きが進行しており、日本よりも早く開示が義務化されている国もあります。

2018年には人的資本の国際ガイドラインとなる「ISO30414」が、国際標準化機構(ISO)より発表されました。このガイドラインは、企業が人的資本に関する情報をどのように報告するかを示し、11の領域、58指標が定められています。

アメリカでは、2020年8月、米国証券取引委員会(SEC)が全上場企業に対して、人的資本の情報開示を義務化しました。具体的な開示項目は企業に任されていますが、有力なガイドラインがISO30414です。

欧州連合(EU)でも、日本より早くから開示の義務化が行われています。欧州委員会(EC)は、2014年から「NFRD(非財務情報開示指令)」により、従業員500名以上の企業に「社員と従業員」に関する情報開示を義務付けました。

2021年には、人権や人的資本を含め、より詳細な情報開示ルールを定め、EU域内の全大企業に開示義務が適用される「CSRD(企業サステナビリティ開示指令)」が公表されました。このCSRDでは、「自社の労働力の開示基準」において、労働条件や機会の平等性、その他労働に関する権利など、人的資本に関連する多くの情報について公開を求めています。

日本国内の状況について

日本国内では、「人材版伊藤レポート」および「人材版伊藤レポート2.0」の影響も大きいです。2020年、経済産業省による「人材版伊藤レポート」の公開がきっかけとなり、人的資本経営が注目され始めました。

持続的な企業価値向上の鍵は、経営戦略と人材戦略の連動であるとし、どのように連動し実践するかがまとめられています。その後2022年5月公開の「人材版伊藤レポート2.0」では、さらに具体的な行動やアイデアを提供し、人的資本経営の実践を促しています。

出典:人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書(人材版伊藤レポート2.0)経済産業省
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf

上記レポートは人的資本経営の基本的な考え方や人材戦略構築が主眼であり、情報開示については別の動きがあります。

まず、日本国内では、2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コード(CGC)において、人的資本に関する記載が新たに盛り込まれました。CGCは企業経営の透明性や効率性を高めるための指針で、東京証券取引所と金融庁が共同で策定し、公表しています。

参考:コーポレートガバナンス・コード_株式会社東京証券取引所
https:/https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu000005ln9r-att/nlsgeu000005lne9.pdf

そして、2022年8月、内閣官房が公表した「人的資本可視化指針」では、人的資本の望ましい開示について示されています。指針の中では、“経営者、投資家、そして従業員をはじめとするステークホルダー間の相互理解を深めるため、「人的資本の可視化」が不可欠“としています。

出典:人的資本可視化指針/非財務情報可視化研究会_内閣官房
https://www.cas.go.jp/jp/houdou/pdf/20220830shiryou1.pdf

さらに、2023年1月、金融庁が改正された「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下、開示府令)を公表しました。本改正案では、上場企業約4,000社に対して、有価証券報告書において人的資本投資に関する情報の公表を求めています。開始時期としては、2023年3月期(2023年4月1日から始まる事業年度)からとなり、対象企業は具体的な対応に迫られています。

出典:「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について_金融庁
https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230630-8/20230630-8.html

人的資本経営を進めるメリットとデメリット

人的資本経営が効果的に推進することで、企業には多くのメリットがありますが、導入にあたってはいくつかのデメリットも考慮する必要があります。

取り組むメリット

まずは、経営戦略の実現から社員エンゲージメントの向上まで、メリットをご紹介します。

経営戦略の実現、価値向上につながる

これまで人材開発と言えば人事部マターあり、全てが経営戦略に紐づいてはいませんでした。人的資本経営では、経営戦略と人材戦略を紐付け、人材へ投資を行います。そのため、結果的に、経営戦略の実現や企業価値向上につながります。

社員のスキルを可視化できる

人的資本経営は、社員一人一人のスキルや資質、成果を明確にする取り組みでもあります。これにより、評価や昇進、異動の判断材料となり、公平な評価や効果的な配置が可能となります。

社員のキャリア開発につながる

社員が自らのキャリアを考え、スキルを磨く機会を増やすことができます。これにより、社員が長期的に企業に働く意欲が高まります。

社員エンゲージメントが向上する

社員の仕事に対する熱意や満足度が高まると、企業の生産性や士気が向上します。エンゲージメントの高い社員は顧客の満足度も向上させるため、結果として企業の収益向上にも貢献します。

企業のブランド価値向上

人的資本への投資は、企業の独自性と競争力を高め、職場のモチベーションと満足度を向上させます。結果として顧客サービスが改善し、企業のイメージと市場での地位が強化されます。魅力ある職場環境は、人材の採用効率と質を向上させ、従業員と企業の双方にとっての成功へとつながります。

投資家から関心を持たれやすくなる

ESG投資の観点からも、人的資本経営は非常に重要です。社員の働きがいやスキルの向上が評価され、投資家からの信頼が高まります。

取り組むデメリット

人材に投資するための教育研修をしたり、システムを導入したりする場合、初期費用がかかります。また、人材のスキル向上や文化の形成には時間を要するため、すぐには成果につながらない場合があります。

社員にとっては通常業務に加え、新しく取り組むことが発生するような状況になることから、一時的に生産性が落ちる可能性もが考えられます。しかし、長期的に見れば人的資本経営がもたらす効果は大きいと言えます。

⑤人的資本経営における情報開示の重要性

透明性が求められる現代において、人的資本経営の情報開示は避けては通れない課題です。ここでは「有価証券報告書」で求められる開示内容や、さまざまある開示ガイドラインの中から「ISO30414」について解説します。

「有価証券報告書」における義務化項目とは

前述した通り、2023年度3月期の有価証券報告書から、下記項目の記載が義務化されました。

  • 人材育成や社内環境整備方針
  • 女性管理職比率
  • 男性の育児休業取得率
  • 男女間賃金格差

出典:「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について_金融庁
https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230630-8/20230630-8.html

企業は経営戦略と人材戦略の関係性を明示し、人材育成と社内環境の方針、測定可能な指標と目標、進捗状況を積極的に公開することが期待されています。

国際的ガイドライン「ISO30414」の概要

ISO30414とは「人的資本に関する情報開示のガイドライン」とも呼ばれ、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が発表しました。人的資本の重要性が認識される一方で、国際的で標準的なフォーマットが無いことは、企業や投資家にとって課題でした。ISO30414はこの問題に応じて制定されたガイドラインです。

ISO30414は、ステークホルダーが人的資本の状況を把握するため、また企業が自社の人材戦略を見直し、持続可能な経営を進めるために作られました。

内容としては、「コンプライアンスと倫理」や「コスト」「ダイバーシティ」など、11の領域に関する58指標を含む、人的資本に関する報告の実施方法をまとめた指針です。ただし、2023年12月時点での適用義務はなく、開示する内容は各組織の裁量に委ねられており、項目を公開する必要は基本的にありません。

⑥人的資本経営に必要な「3P5F」とは

人的資本経営を効果的に行うためのフレームワークとして「3P5F」があります。「3P5F」とは人材版伊藤レポートで提示された「3つの視点と5つの共通要素」のことです。このセクションでは、具体的な要素と重要性について解説します。

参考:「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~伊藤レポート~(概要)」 経済産業省https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_4.pdf

3つの視点(3P)とは

「3P」とは、3つの視点(Perspectives)のことです。伊藤レポートでは、人材戦略は経営戦略やビジネスモデルに応じて個社性がある一方で、以下3つの視点から俯瞰することが可能である、としています。

視点1|経営戦略と連動した人材戦略

経営において人的資本は不可欠であり、人材戦略と経営戦略は密接に連動していることが重要です。そのため、戦略や事業計画を実現するために、求められる人材の特性を明確にし、採用、育成、配置の戦略を練る際にも経営戦略との連携を考慮する必要があります。

視点2|目標と現状のギャップの把握

人材戦略とビジネスモデル、経営戦略の連動性を評価し、目標と現状のギャップを定量的に理解することが大切です。また、実践段階でもこのギャップを把握できるようにし、PDCAサイクルを回しながら定期的に人材戦略を見直す必要があります。

視点3|企業文化として定着させる

企業文化は日常業務と社員の行動、人材戦略で形成されます。持続的な企業価値の向上につながる企業文化を定義し、定着させることが大切です。特に、人材戦略を策定する際には目指す企業文化を明確にする必要があります。経営トップが粘り強く経営理念やパーパスを発信することで、社員にこの文化を意識させることが重要です。

5つの共通要素(5F)とは

「5F」は、業種を問わずいかなる企業でも共通して組み込むべき人材戦略の要素(Factors)です。人材版伊藤レポートでは。次の5項目を挙げています。

要素1|動的な人材ポートフォリオ

人材ポートフォリオは人のスキルや経験、部署などを記録したもので「動的」はリアルタイムで可視化できる状態を意味します。この情報を使うことで、経営課題の解決に必要なスキルや経験に基づいた人材配置ができます。さらに、将来的な経営戦略の実現に向けて、人材を質や量で最適化し拡充することが重要です。

要素2|知・経験のダイバーシティ&インクルージョン

多様な顧客ニーズに対応するためには、幅広い経験や視点を持つ人材が必要です。多様な個性と経験を持ち、互いに認め合い、個々の特性を生かす環境が、人的資本経営にとって望ましいと言えます。

要素3|リスキル・学び直し

顧客の多様な価値観に対応するには、従業員の新しいスキル習得や学び直しが重要です。人的資本経営では、企業が従業員の自律的なキャリア構築を支援することが求められます。

要素4|従業員エンゲージメント

従業員エンゲージメントとは企業と従業員の信頼関係の下で醸成される、愛着心や貢献意欲のことです。従業員が能力を発揮するには、やりがいを感じられ、主体的に働ける環境が必要です。人的資本経営では、人材の活用によって企業の価値向上を図るため、重要な要素と言えます。

要素5|時間や場所にとらわれない働き方

「いつでもどこでも働ける環境」は事業を継続させるためにも重要です。働き方が多様化しているため、業務プロセス、社内コミュニケーション、そしてマネジメントの見直すことが求められます。従業員が多様な働き方を選択できるようにすることが必要です。

⑦これからスタートの企業向け|人的資本経営の導入

これから人的資本経営を実践する企業のために、経営戦略と人材戦略の連動に向けて、導入のポイントを解説します。

自社のありたい姿を明確にする

企業の目指すべき方向を明確にし、それを支える人材戦略をしっかりと連動させることが大切です。そのためには、まずは自社の中長期的なありたい姿を明確にすることが重要です。そしてそのビジョンを実現するための具体的な戦略や事業計画が必要です。

必要な人材像の検討

戦略や事業計画を実現していくために必要とされるのはどのような人材なのかを検討します。この戦略の実現にはこの人材が理想だという像を明確にします。

人材の見える化と整理

戦略遂行に必要な人材が社内にどの程度いるのかを明らかにします。同時に現在社内の人材が保有する力はどのようなものかも可視化します。可視化のポイントは、能力や特性別に人材を分類することです。この情報の一元化には、タレントマネジメントシステムの活用も効果的です。

まとめ

いかがでしたか。本記事では、人的資本経営の基本について、以下の項目を中心に解説しました。

・人的資本経営とは
・人的資本経営に注目が集まる理由と背景
・国内外の状況
・企業が人的資本経営に取り組むメリットとデメリット
・人的資本経営における情報開示の重要性
・人的資本経営に必要な「3P5F」とは
・これからスタートの企業向け|人的資本経営の導入

人的資本経営は短期間で成果が現れるものではありません。今回紹介した方法は、取り組みを開始するための基本的な指針までです。実際の運用は、各社の固有状況に応じて調整しながら進める必要があります。人的資本経営に関してご不明点やご質問がございましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。

レポート作成:㈱ビジネスコンサルタント 情報サイト事務局

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