人材版伊藤レポート2.0は、企業に人的資本経営を推進する大きな影響を与えました。本記事では人的資本経営が求められている背景と、人材版伊藤レポート2.0のポイントについてお伝えします。
目次
1.人的資本経営の考え方
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。
経済産業省:https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html
人材版伊藤レポート2.0の解説の前に、人的資本経営が求められている背景や取り巻く環境の変化を確認しましょう。
なぜ人的資本経営が求められているのか
ビジネス環境の変化により、企業は従来の組織運営では持続的な経営が困難になりつつあります。このため、現在、伊藤レポートやISO30414などを手がかりに、人的資本経営が多くの注目を集めています。人材版伊藤レポート2.0の内容を解説する前に、企業を取り巻く内部外部の環境の変化について、図とキーワードで確認します(図1)。
外部環境の変化として「ESG(環境・社会・企業統治)」や「Sustainability(サステナビリティ)」への関心の高まりや、上場企業に人的資本開示を促す「CGC(コーポレートガバナンスコード)」などが挙げられます。
また、内部対応の変化としては、働き方や価値観の多様化などを背景とした「Well-being(ウェルビーイング)」「JOB型の人事制度」「Talent management(タレントマネジメント)」も重要なキーワードです。
これらを踏まえ、人的資本経営とは、VUCA時代における企業の外部および内部の変化に対応し、人的資本を充実することで価値を創造し、企業の持続的な成長を図る経営のアプローチとも言えます。
無形資本の充実
ここで、人的資本の理解を深めるため、人的資本を含む無形資本の種類や人的資本の位置づけ、有形資本との関係について、ご紹介をします。弊社が提唱している「五つの経営資本」を基に解説します(図2)。
企業が持続的に成長をしていくためには五つの経営資本を充実する必要があると考えています。五つの経営資本は「有形資本」と「無形資本」に分けられます。図は氷山モデルですが、有形資本は無形資本の上に成り立っています。無形資本の充実なしには有形資本の充実はない、すなわち、財務的・経済的な成果を得るためには、人的資本などの無形資本の充実が不可欠ということを表しています。
無形資本には四つの資本があります。Technological Capital(技術的資本)、Intellectual Capital(知的資本)、Human & Social Capital(人的資本、人と人との関係、社会関係)、Ideological Capital(らしさ、社風、伝統)です。
図2を基にそれぞれの資本の関係を説明します。Ideological Capitalという土台の上に、Human & Social Capitalである人の活動や人と人との協働があり、Technological Capital、Intellectual Capitalが生み出されて発展することによって、有形資本であるFinancial Capital(財務的・経済的)を最大化していくというものです。
次に、人的資本経営の重要性を説いている伊藤レポート2.0について、ポイントを押さえながらご案内していきます。
2.人材版伊藤レポート2.0とは何か
2020年に経済産業省から公表された「人材版伊藤レポート」は、企業における人材に関する課題認識を高めるきっかけとなりました。ここでは、「人材版伊藤レポート」を具体化する際に活用できるようまとめられた「人材版伊藤レポート2.0」の概要と、作成背景を解説します。
人材版伊藤レポート2.0の概要
「人材版伊藤レポート2.0」は、2022年5月に経済産業省が主導で行う「人的資本経営の実現に向けた検討会」において、伊藤邦雄氏を座長としてまとめられた報告書です。「人材版伊藤レポート2.0」では、「人材版伊藤レポート」で提示した枠組みを人的資本経営で具体化する際に、実行に移すべき取り組みや有効となる工夫を「アイデアの引き出し」として提示しています。
なぜ人材版伊藤レポート2.0は作成されたのか
経済産業省は2020年9月に「人的資本経営の実現に向けた検討会」で作成した「人材版伊藤レポート」を発表しました。このレポートに対し多くの反響があり、具体的な解決策に関する質問が検討会に寄せられました。これを受け、より実践的なアイデアや企業事例を盛り込んだ「人材版伊藤レポート2.0」が新たに作成されました。
参考:人的資本経営の実現に向けた検討会、 報告書 (人材版伊藤レポート2.0) https:/www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf
3.人材版伊藤レポート2.0 2つのポイント
「人材版伊藤レポート」で提示された人材戦略に必要な3つの視点(Perspectives)と5つの共通要素(Common Factors)について、「人材版伊藤レポート2.0」では、これらをどのように具体的するかのポイントやアイデアが示されています。ここではその概要を、私たちの経験を踏まえてご紹介いたします。
ポイント①3つの視点
ここでは「3つの視点」について、どのように取り組むべきかを中心にご紹介します。
- 視点1 経営戦略と人材戦略の連動
- 視点2 As is-To beギャップの定量把握
- 視点3 企業文化への定着
※参考:人的資本経営の実現に向けた検討会、 報告書 (人材版伊藤レポート2.0) https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf から一部抜粋
伊藤レポート2.0の中で最も重要とされているのが視点1です。
視点1 経営戦略と人材戦略の連動
経営戦略と人材戦略は切っても切り離せない関係にあります。経営戦略と人材戦略を連動させるために多くの企業がテーマとして掲げているのが「人材の見える化」です。どのような役割を持った人材が、どの部署や階層に何人いるのか。事業を支えているハイパフォーマー人材の特徴を確認する必要があります。
視点2 As is-To beギャップの定量把握
現在の状況(As is)と目指すべき将来の状態(To be)の間にあるギャップを明確に定量化することは、戦略的人材管理において非常に重要です。そして、目指すべき姿(To be)を明確にするには「担う役割」「専門性」「コンピテンシー」それぞれのポジションに対して要求されることや、何を成果目標とするのか明らかにしておく必要があります。
視点3 企業文化への定着
企業文化を定着させるために自組織のMission、Vision、Valueは何かを明確にすることが大切です。事業内容だけではなく「わが社は何屋か?」という問いに明確に答えることができるのか、自組織に根付いているものは何か、組織と人の成長に貢献しているのかを確認する必要があります。これらを明らかにし、これからご紹介する5つの共通要素を組織に浸透させていくことが重要です。
ポイント②5つの共通要素
次にポイント二つ目である5つの共通要素において、取り組むべき内容を中心にご案内します。
- 要素1 動的な人材ポートフォリオ
- 要素2 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
- 要素3 リスキル・学び直し
- 要素4 従業員エンゲージメント
- 要素5 時間や場所にとらわれない働き方
※参考:人的資本経営の実現に向けた検討会、 報告書 (人材版伊藤レポート2.0)https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf から一部抜粋
要素1 動的な人材ポートフォリオ
自社の成長戦略に沿った人材ポートフォリオを構築し、求められるスキルとポジションに応じて、外部からの人材確保、内部の人材育成が必要です。市場や技術の進展に対応するために、戦略的な人材配置を重視する必要があります。
要素2 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
キャリア採用や外国人など多様な知識や経験を持つ人材が集まる環境をつくり、新しいアイデアやイノベーションを促進することを目的としています。具体的には、新たな技術の探索や、既存のビジネスモデルを超えた協業の可能性を探るなどの取り組みが含まれます。
要素3 リスキル・学び直し
組織の経営戦略実現に向けて新しいスキル、不足しているスキルを身に付けることが重要です。具体的には、LMS(学習管理システム)を用いた教育プログラムの展開や、マイクロラーニングを通じて短時間で集中的に学べる機会の提供などが挙げられます。
要素4 従業員エンゲージメント
エンゲージメント向上のためには、従業員が自分の仕事を通じて価値を感じられるようなキャリアパスの提供、ジョブローテーションによる多様な経験機会が重要です。
要素5 時間や場所にとらわれない働き方
フレックスタイム制やテレワークの普及などが具体的な施策として挙げられます。これらは従業員が仕事と私生活のバランスを取りやすくするためのものです。また、リモートワーク環境でのコミュニケーションの質を保つための管理体制の整備なども重要です。
4.人的資本経営への取り組む8つのステップ
ここでは前述したポイントを押さえながら、実際にどのように進めるのかについて解説します。下記は弊社が人的資本経営の実践をご支援する際の、進行について8つのステップとして概要をまとめたものです(図3)。
人材の価値を最大限に引き出し、実践するためのステップとして、リサーチフェーズとプランフェーズ、大きく二つに分けています。
リサーチフェーズ
Step1:目指すべき姿やビジョン
まず会社して目指すべき姿や経営ビジョンを明確にし、そこに向かうためにどのような人的資本経営を行うかを検討します。重要なポイントにもかかわらず、目指すべき姿が不明確なまま施策に取り組まれているケースも多いです。
Step2:戦略や事業計画
①で検討した目指すべき姿を実現させるための具体的な戦略を明確にする必要があり、方法として社内調査や事業計画策定支援などがあります。
Step3:必要な人材の検討
②で策定した戦略を実行していく人材を明確にする必要があります。方法としては戦略や事業を推進するハイパフォーマーが取るべき行動の検討や、ハイパフォーマーの行動につながるコンピテンシーの検討などがあります。
Step4-①:必要な人材の明確化
③で明確にした戦略を実行するために必要な人材が組織内にどれくらいいるのか、またその人材がどのようなスキルを持っているかを明確にする必要があります。コンピテンシーの把握、コンピテンシーの波形による人材ポートフォリオの作成などが方法として挙げられます。
Step4-②:現在の人材が保有する力
人材が保有する力を明確にし、行動レベルの遂行状況をチェックし、コンピテンシー発現状況の診断、スキルや知識の保有レベルのチェックなども必要です。
Step5:人材のコンディションの把握
人材のスキルを把握するだけではなく、その人が働く職場、組織環境の状況を把握することが大切です。特に重要なのはエンゲージメントです。職場のエンゲージメント状況を把握することは組織の人材像が明確になることにつながります。スキルを把握するための方法にはエンゲージメントサーベイや組織診断などが挙げられます。
プランフェーズ
Step6:As is とTo beの「GAP」の明確化
現在の状況(As is)と目指すべき将来の状態(To be)のGAPを明確にすることが大切です。組織の目指す姿と現在の姿とのGAP、定義した人材像と現在保有している人材とのGAP、人材のコンディションと理想形とのGAPを明確にする必要があります。
Step7:GAPを埋めるための具体策
GAPを明確にすることで、具体的な改善策を立てることができます。例えば、経営幹部が行う求める人材像に関するミーティングや、その人材像とのGAPを埋めるための研修、キャリアデザイン、さらには人材のパフォーマンス向上を目指す組織開発の実施などが、必要な施策の一つです。
Step8:具体策を運用するための体制の検討
これまでのステップで明らかになった内容を踏まえ、施策を実行する体制を検討します。新しい戦略を進めるためには、人事制度の見直しや、人材データを活用するためのタレントマネジメントシステムの導入も検討する必要があります。
5.まとめ
本レポートでは人的資本経営が求められる背景、人材版伊藤レポート2.0の解説と人的資本経営に取り組むためのステップをご案内いたしました。各組織手探りで人的資本経営の実現に向けて取り組みを進めている途中だと思います。まずは自組織の現状把握を行い、目指すべき姿の明確化が大切です。本レポートが少しでも皆さまのお役に立てますと幸いです。
レポート作成:㈱ビジネスコンサルタント 情報サイト事務局